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創作メモー王国への道しるべ

ジャニーヌの手帖

不文律

不文律と聞くと、暗黙の了解や、不文法に同じとした解釈がめぐる。

それは、不器用な私にとっては、日本でよく言われる「空気を読む」というような言葉を想像させる。

空気など読む気持ちは、基本なくてよいはずである。

不文律は、暗黙の了解であることを考えるとき、トランプ大統領令において、この人の感情論で民族選別などがスムーズにおこなわれていくことに危惧を感じる。

政治を知っている人々にとっては、それは合法的におこなわれているというセリフが聞こえてきそうである。

しかし、合法的を装っているだけだといえる。

今は、まだ反対運動をする人々がいるおかげで、不文律がスムーズにはいかないだろうといえる。

でも、この反対運動の勢いが消えていくころには、堂々たる不文律がおこなわれるだろう。

そして、アメリカ第一主義という言葉の陰に怯える人々は沈黙の行動がはじまるといえる。

この沈黙は8年続くことになる。

それはマジョリティーだから、合法的だからという言葉で、不文律の不文法がおこなわるのだと思う。

その不文法は、文書によって制定されることなく成立した法や規律となり、慣習法や判例法がその例となっていく。

成文法ではないとなると、トランプ政権の好き嫌いだけで、決められるのである。

これは民主主義の判断ではなくなるといえる。

民族選別しレッテルを貼り、差別を強調することで、罪もない人々がまた犠牲になる時代がやってくるのだろうか。

不文律はアメリカだけの問題ではなく、どこに住んでいようと、民族選別などの差別をするべきではないことを第2次世界大戦で学んだはずである。

わたしたちは、今自分自身の思想を問われているのだといえる。

トランプ大統領令を、どのように解釈するかは、それぞれだろう。

しかし、その大統領令において、不文律がまかりとおるようなことがあってはならないのである。

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いくつに見られても

本棚で本を探していると、『生きていることを楽しんで』というターシャ・テューダーさんの言葉が目に入る。

そこには、印象的な言葉が描かれている。

たとえば、「おとなになり、結婚をし、子どもが生まれてもまだ、未来は大きな神秘に満ちていました。やがて人生も半ばを過ぎる頃、ふと振り返ってみると、わたしはいつの間にか、その大きな神秘を歩んできていました。日々の喜び、わくわくするような小さな成果の積み重ね、家族や友人との心温まる交流、それこそが、人生という航海で出会う冒険だったことに気づいたのです。ターシャ・テューダー

この内容を読んで、大事なものはいつもすぐそばにあること、そしていくつに見られても平気だから、堂々と生きることを楽しむ極意が描かれていることに味わい深い本だと思う。

生きることに意味があるのは、生きることを懸命に生きるからだろう。

いつの日か、いくつに見られても平気と思える日がくるのは、年齢にこだわらない価値観が浸透してこそだろう。

それでも、年齢にふりまわされないような生きかたをしたいと常に思う。

素敵な考えをありがとう。